小児精神科医の内田舞さんが出版した『ソーシャル・ジャスティス』。差別や社会の分断を乗り越えるための心持ちとして最後に示したのは ? 「 不運に見舞われている」と思っているあなた、きっと涙が出ます 。

米国で小児精神科医をしている内田舞さんが、世の中に溢れる差別や分断がなぜ起きるかを分析し、”処方箋”を提案した著書『ソーシャル・ジャスティス   小児精神科医、社会を診る』(文春新書 ) 。

日々の生活やSNSでの炎上で自分の心を守る方法や、社会の分断を乗り越えていくための具体的なアイディアが示されています 。

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小児精神科医の内田舞さんが出版した『ソーシャル・ジャスティス』。差別や社会の分断を乗り越えるための心持ちとして最後に示したのは? 「不運に見舞われている」と思っているあなた、きっと涙が出ます。

インタビュー後編では、「では、どうすればいいのか?」について聞いていきます 。

言語化することで心を守る

— — BuzzFeedへの寄稿(「コロナワクチンの情報発信で気づく日本の女性の生きづらさ」)でも、社会の中でなんだかモヤモヤする状況について「マイクロアグレッション」などと名前を与えてくれて、こういうことだったのかと気付かされました。今回の著書でも、「Whataboutism(そういうあなたはどうなのよ?)」「Gaslighting(悪いのは被害者?)」など目からウロコの言葉がたくさん紹介されています。言葉を得ることで気持ちが楽になるのは不思議です 。

私自身もそうだったのですよね。たまたま精神医学が専門なのでこういう言葉が身近にあったのですが、「Whataboutism」や「Gaslighting」や「Strawman Strategy(藁人形論法)」は、日常の中にあるいじめやDVの中で使われる典型的な手法です 。

その概念を被害者、あるいは加害者にも「こういった現象が起きていることに気づいている?」と示す。そのためにも言葉は大きな役割を果たします 。

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モヤモヤしていたことに名前がつくと気持ちがスッと楽になるし、ストンと納得することもあると思います。だから言語化は非常に重要です 。

このような現象がSNSで日常的に起きているとは、自分自身がSNS上で注目を集めるまでまったく気づいていませんでした 。

自分がそういう被害を受けるようになって、「いじめの手法がSNSでこんなに頻繁に使われていて、それに無責任にいいねを押す人がこんなにいるのだ」と気づきました 。

私自身、炎上に巻き込まれた時に「こういうことが言われているけれど、それはこういうことだよね」と名前をつけることによって、自分の心を守ることができました 。

外から誰かが私のことをとやかく言う「外的評価」よりも、自分自身が何を生きがいとして、過去の成功や失敗も含めて自分がどういう人なのかという「内的評価」を大切にする。その重要性を炎上の時にあらためて感じたのですね 。

自分の中心となる部分で大切にしているものは、誰からも触れられない場所にあります。だからそこを守れさえすれば、あとは炎上なんて論理の捻れです。誰も私の中心の大事な部分には触れられない 。

そして誹謗中傷するほとんどの人は私の中心どころか、意見の本質にすら触れていない。こんなに意味のないやり取りがSNS上ではこんなに盛り上がってしまうんだ、とかなりびっくりしました 。

私は言語化ができたことで、一定時間SNSを閉じて実生活を充実して、ほとぼりが覚めた頃、しれっと復帰するようにしていました 。

でもこれはできる人とできない人がいます。同じような人ばかりがフォローし合っているフィルターバブル(自分の考えに合う人だけで閉じた空間)の中では、攻撃が自分に向かっていると大ごとに見えてしまいます 。

でもそこから一歩外に出ると、誰もそのことについて話していません。バブルの中の出来事が自分の心の持ち方に影響してしまう人は多くいます。それが「世界の終わり」なんて思う必要はないのに、そうなってしまう 。

その人たちに向けて「大丈夫だよ」というメッセージをまず送りたかった。そして、多くの人が感情が起きた瞬間にいいねを押したり、リツイートしたりして炎上の波に加担している。それは一息つくだけで防ぐことができるし、どんな論理のねじれがあるのか気づくことができる 。

そうすることによって自分自身も心を守れるし、他の人の心を守ることができるんだよというメッセージを送りたいと思いました 。

なぜネガティブな感情が湧いたのか、立ち止まって考えてみる

— — 本の中で、そうした不快な出来事があった時に立ち止まってそれはどういうことだったのか考え直す「再評価」をする対処法が書かれています。それを意識的にやると、ネガティブな感情に自分を支配されずに済むわけですね 。

そうだと思いますね。ネガティブな感情を感じている時に、その出来事、考え、行動を分けて、今何が起きているのかと向き合ってみる。それによってネガティブではない感情に自分を持っていこうということです 。

SNS以外でもそれは大切です。人間は感情を大切にする動物で、感情は常に色々な出来事によって湧いています。そして人間はその感情に引っ張られて行動してしまうものです 。

それは仕方のないところがあって、感情が湧くこと自体はコントロールできない。でも湧いた時に1回立ち止まって「私は何を感じているのだろう」とか、「過去の経験が影響してこういう考えにつながっているのだろう」「それは今の状況に合った考えなのだろうか?」と再評価してみる 。

そこから、自分がなぜそのような行動に出たのか、出ようとしているのか、一つひとつ考えると、「あれ?こんなにイライラする必要なかったわ」と気持ちが変わることもあります 。

逆に「今、私が悲しいと感じているのにはしっかりとした理由があるから、それを表明しなければいけない」と思うかもしれません 。

どちらにしても、一度考えてからの行動のほうが自分にとって意味のあるものになると思うのです。意識的に立ち止まる習慣を作れば作るほど、それが日常的にできるようになります 。

もちろん感情は意味があるものなので蔑ろにはしてほしくないし、逆にネガティブな感情を押し込めようとすればむしろ悪い方向に向かいます。無理なことはしてほしくないです 。

でも自分がなぜその感情を感じているのか、その時その時で再評価して、受け入れたり、向き合ったり自分で判断することはとても大切です 。

高齢、白人男性の上司が掛けてくれた言葉

— — 話は変わりますが、この本を読んで驚いたのは、アメリカで内田先生が出会った高齢男性の上司が、社会を変えるための発言や対応を行っているところです。日本の権力を持った高齢男性では珍しい姿勢だなと羨ましく感じました 。

そうなんですね。70代や90代の男性上司なんですけれどもね 。

この本でも紹介している93歳になった内科の教授は、医学生の授業を一緒に指導している先生です 。

「 自分たちの頃のメディカルスクールのクラスは女性は数名しかいなかったのに、今年のハーバード大医学部の1年生は6割が女性で進歩を見せてきた。でもここで進歩を終えるのではなく、これからも進歩し続けなければならない」と言ったのです 。

日本の中で「女性の医者が増えたら大変だ」と入試で差別を設けていたのとは対照的な出来事です 。

以前、アメリカの性的同意を進める動きについて紹介した時、「性犯罪が多いアメリカから、日本に性的同意に対して提言するのは意味がない」と日本から批判があったのと正反対の態度です 。

世界中のどこにいる人でも、自分たちの体験を通して世界に対して何を言ってもいいし、性犯罪が日本より多くても多くなくても、日本の性被害をできる限り無くすための努力をすべきなのは変わりません 。

わざわざそういう批判を言いたくなるのは、アメリカから言われなくないという自信のなさの裏返しのような気がします。劣等感を感じる時に「相手を下げたい」という思いから生まれる「Whatboutism(そういうあなたはどうなのよ?)」が出てくるものです 。

93歳の教授の言葉はそんな動きと逆です。自分たちがどれだけ進んでいようとも、女性問題の解決はこれから先も進めていかなかなければならないという姿勢は尊敬に値します 。

若く、女性で、有色人種で母親の自分をサポートしてくれる環境

また、私の直属の男性上司は最近75歳で亡くなったのですが、長男が生まれて半年ぐらい経った時に「論文の完成が遅れて申し訳ない」と伝えた時、「ゆっくりでもいいから馬から降りないことが一番大事だよ」と言ってくれました 。

彼は両親がシンドラーのリスト(※)に入っていて、そのおかげで生き延びることができたユダヤ人でした。両親はアルゼンチンに亡命し、私のボスはそこで育って、ボストンに来ました 。

注)ドイツ人の実業家、オスカー・シンドラーが自身の経営する軍需工場の従業員として使うという名目で、強制収容所に送られる寸前のユダヤ人をガス室送りから救い出した偽の従業員リスト。これにより、1200人ものユダヤ人が命を守られたとされる。スティーブン・スピルバーグ監督が映画化した 。

彼は研修医だった20代で妻を乳がんで亡くし、幼い子どもと遺されてシングルファザーだった時期がありました。それが彼の態度に影響しているのではないかとも思います 。

私がその言葉を言われたのは、長男を保育園に入れて「預けたら仕事ができるだろう」と思っていたのに、しょっちゅう風邪をひいては休んで、なかなか仕事が進まなかった時期でした 。

それまで生産性が高かったのに、今までのように論文を書けない焦りがあったのです 。

そんな時に「馬から降りてしまうと再スタートは難しいけれども、ゆっくりでも進んでいれば積み重なるものがあるし、スピードアップできるタイミングも来る。家族を一番大事にしながら、とにかくゆっくりでもいいから進みなさい」と言ってくれた 。

それを聞いて、私はとても救われる思いでした 。

もう一人、70代の白人男性は、長男妊娠中の私がうつ病センター長に任命され、アシスタントプロフェッサーに昇進する時に、「妊娠で支障を来たすかもしれない」と伝えると、「では、早く手続きを進めなくちゃね」と言ってくれました 。

私はそういうふうに言われるとは思っていなかったのでびっくりしました 。

そのように「マジョリティ」と言われる白人男性の高齢の人たちが、有色人種で若くて女性で母親の私に本気でサポートしてくれる環境にいた。それは本当にありがたいことだったなと思います。私もリーダーシップを取る女性医師として、その環境をさらに前進させるつもりです 。

女性だから、子どもがいるからということで制限されない働き方

— — この本の中で使われている「多様性を祝福する」という言葉はとても美しいと思いました。ただ、女性医師でも自分が妊娠中などの時には周りに助けてもらうけれども、同じ条件で働くという意識が強いのはすごい。どうしても日本の職場では共働きの夫婦でさえ、女性が子育てを負担して仕事を軽減してもらうという考えが染み付いており、それが女性のキャリアの制限にもつながっています 。

そうなんですよね。日本の医学部の同級生と久しぶりに会った時に、その夫も同級生の医師なのですが、彼女の方は「私は育児があるから早めに上がる」と言っていてびっくりしました 。

「 夫の医師は育児はしないの?」と聞いたら、「夫は夜9時ぐらいまで仕事をしている」というのです 。

もちろん色々な選択肢がある中で、その二人がこういう働き方を選択したならばそれでいいと思います 。

でもそれが勝手に社会から押し付けられた役割分担に基づく半強制的な選択であったなら、残念なことだと思うのです。女性の方も「もっと働きたい」という人はいるでしょうし、男性の方も「もっと家庭の時間を大切にしたい」という人もいるでしょう 。

長時間労働を積極的に希望している人はほとんどいないと思うのです 。

長時間労働が子どもがいない男女、家庭での無償労働を妻に任せられる男性に割り当てられてしまえば、その人たちも幸せではないはずです。子どもを産んだことでキャリアアップのチャンスを突然奪われてしまう女性も幸せではないだろうし、これは誰も幸せにしない環境だと思います 。

私がいる環境はもちろん完璧ではありませんが、休む機会も働く責任もみんな均等に割り当てられています。それは子どもの有無や結婚している・していない、男女、障害があるなしには関係ありません 。

もちろん予定外の病気をしたらみんなでサポートをします。みんなが同じことをするわけではないのですが、同じ契約をしたなら、同じ働きぶりが期待されています 。

その中で指導医になった時に当直をしたくないならそれは交渉できるし、当直をもっとして収入を上げたいというならそれも交渉できる。自分のしたい働き方を自分の意思で交渉できる 。

「 この人は子どもがいるからこれはできないだろう」という考えは雇用者側にはありません 。

不運を受け入れて進む「ラジカル・アクセプタンス」

— — 分断を超えるためのヒントとして、研修医時代に診療されたアジア人に偏見があるベトナム戦争の帰還兵との粘り強いやり取りが非常に印象的でした 。

思い出の患者さんなのですが、そういう患者さんが結構いるのです。私の人生だけでなく、患者さんの人生から学ばせてもらっていることはたくさんあります 。

私とは全く違う人生を送っている方々のこともあり、だからこそ、その人との対話や関係づくりから、希望を抱かせてもらっています 。

— — 最後の最後に、社会の分断を乗り越えるための心の持ち方として「ラジカル・アクセプタンス」という心理学の用語を紹介しています。「自分のコントロール下ではない場面で起きたことを、良い・悪いの評価なしに『それはもう起きたこと』と受容して前に進むこと」だそうですが、なぜ最後にこの概念を紹介されたのですか ?

これはあらゆる人に通ずるメッセージだと思うのです 。

私にとってのラジカルアクセプタンスは、人種差別や、日本での「しずかちゃん」的な女性の地位をいったん受け入れることで、自分がそこから自由になることでした 。

この本をすべて読んでくれた後だったら、それが伝わるかなと思いました 。

本の中では、2022年北京冬季五輪で3大会連続の金メダルを狙っていた羽生結弦さんのスケートの刃がリンクの溝にはまってジャンプを踏み切れなかった出来事を紹介しています 。

不運としか言いようのない出来事を受け入れて、後の演技をどうするかは自分のコントロールが効くことです。それをやるしかない。見事な演技を続けてそれをやり切ったことは、彼にとっては大成功と言ってもいいことだったのではないかと思います 。

人間は不運に見舞われることは必ずある。その中で自分はどうするか。コントロールの効く部分に、目を向けなければいけないことがあります 。

自分を自由にして、社会も変える

BuzzFeedで東京五輪における選手たちのメンタルヘルスについて話したことがありましたが、開催されるかどうかもわからない状況で練習しなければいけない選手たちは自分たちではコントロールできない決断に悩まされたはずです 。

やる気をなくす人も不安でたまらない人もいたでしょうけれども、その中でも実は自分でコントロールできることはある。例えば睡眠をちゃんと取ること、自分の練習に向き合うこと。どんな環境下でも自分のコントロールの効く部分はあるのです 。

不運を受け入れるのは、諦めるわけでもないし、許容することでもありません。不運をもたらした相手をOKとすることでもない 。

ただ、評価なしに「こういう事実なんだ」と受け入れた時に、フッと自分の肩から荷が降りるところはある。そして自分はここからどうしたいのか、次の選択が見えてくることがあると思います 。

私の場合は、日本の女性が「ドラえもんのしずかちゃん」的な能力がありながら能力を発揮する機会の少ない地位に置かれていることにずっとムズムズ、イライラを感じていました。でも「日本ではこういう現状があるんだ」と言語化できた時に、ふっと力が抜けた 。

「 こういう環境だから常に私には無言のプレッシャーが向けられているんだ」と気づいて、「じゃあ私は日本の枠組みの中の理想の女性像にならなくていい」と思えました。すごく自由になれた 。

それなら私は自分の幸せのために何をすればいいのか明確に見えて、日本を出ようと決心できたのです。残念なことでもあるし、不運がOKというわけでもなく、変えていきたいところでもあるのですが、向き合った時に自分を自由にしてあげる考え方を持っていると心強いよという応援の気持ちを込めました 。

— — 今の自分の状況にもすごく響いて涙が出ました 。

それは良かったです !

多くの人は一生の中で必ず不運に見舞われたり、むずむずしているものを感じたり、しっくりいっていないと不満を感じたりすることがあるはずです 。

その違和感に向き合っていいんだよと自分に許可を与えることができたら、その人たちも自分自身を自由にさせて、前進するきっかけになるかもしれません 。

その違和感に向き合い、自分の気づきの声を共鳴させることで、社会も前進するきっかけになる。私はそれこそが、ソーシャル・ジャスティスなのではないかと思います 。

( 終わり )

【内田舞(うちだ・まい)】小児精神科医、ハーバード大学医学部准教授、マサチューセッツ総合病院小児うつ病センター長

2007年、北海道大学医学部卒、2011年、Yale大学精神科研修修了、2013年、ハーバード大学・マサチューセッツ総合病院小児精神科研修修了。日本の医学部在学中に、米国医師国家試験に合格・研修医として採用され、日本の医学部卒業者として史上最年少の米国臨床医となった 。

3児の母。趣味は絵画、裁縫、料理、フィギュアスケート。子供の心や脳の科学、また一般の科学リテラシー向上に向けて、三男を妊娠中に新型コロナワクチンを接種した体験などを発信している 。

共著に『天才たちの未来予測図』(マガジンハウス新書)。『ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る』(文春新書)が初の単著となる 。

Instagram : @maimaiuchida   Twitter : @mai_uchida